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ホテルまでの走行中の話  (2008年11月21日、アメリカ、太平洋標準時)

 税関手続きを済ませ出口のロビーに行くには、やや登りのスロープを進みました。上の方から「今や遅し」みたいな感じで家族などを迎えに来ておられる人々が数十人覗いておられ、アメリカ合衆国の名称通り白人、黒人、アジア系の顔など実に様々でした。 スロープを登り切ると「やっと着いたなあ」と実感し、その時「久しぶり」などの掛声とともにアメリカ駐在のヨーコちゃんが出迎えてくれました。

 挨拶の後で話を聞くと「もう、アメリカでも自宅と会社間くらいは運転しているけど、ロサンゼルス市内は不慣れのため運転したくないので、今日の送迎は知り合いの日本人運転手さんに頼んでいる」とのことでした。 早速、外に出て車を探していると、「こんにちは」との挨拶がありました。

 そこには黒いリンカーン(タウン仕様)車があり、早速トランクに旅行バッグを積んでくれました。この車は、話に聞いてはいましたが乗ったのは初めてで日本車に比べ、やはり広い感じで5人乗車してもパワーもまだ余裕がある感じでした。 まずは今後の予定と言うことでヨーコちゃんから概要、初日(11月21日)はロサンゼルス市内にあるホテルまで(約30kmの間の)走行と着いたら買い物など、次の日(11月22日)はグランドキャニオンの日帰り観光、3日目(11月23日)は朝からホテルを出て市内観光をして住んでいるマンションや近くの海岸シールビーチに行くとのことでした。

  出発後走行中の運転手さんに話を聞きますと年齢は義兄と同じで、アメリカに来て35年位になられるそうです。その間には「アメリカ各地で仕事も、いくら変わったか分からないくらい」とのことでした。また、「アメリカには、もう飽きた」との言葉もありながらも、次々と今の状況をたくさん教えて頂きました。

 その中には、まだ大統領選挙(2008年11月4日投票日)が終わって、そう日が経ってないこともあって「黒人のオバマが大統領に選ばれたのは、このアメリカではなかなかのことだ。 まあ、あまりにもブッシュが悪過ぎて変わって欲しかったと言うことかなあ」などの話でした。
リンカーン(タウン仕様)車

ロサンゼルス市内の通り
(片側2〜3車線道路は、フリーウェイの6車線に比べれば
狭い方だった)

 あと、市内のビルの高さに話が及びました。「ロサンゼルスは元々砂地で高層ビルが建てられない。ただ、少しダウンタウンには高いビルもある」と言うことでした。私達は旅行3日目(11月23日)に市内観光した時に、当然高いビルもいくつか見ましたが、例えばニューヨークの摩天楼とも呼ばれている高層ビル群はなくて、「あー、なるほどねえ」と思いました。

アメリカ道路事情と「なぜ日本車が売れるか」など
 車内では、今まで既に車を16台も乗り換えた運転手さんからホテルに到着するまでアメリカの車社会や道路事情の一端を教えて頂きました。

 まず、最初に聞いたのは、この時に走行中の高速道路フリーウェイ (Freeway)の語源でした。「日本人の中には通行料金が無料(free)だからフリーウェイと思っている人がほとんどだ。もちろん、その意味も全くない訳ではないが元々は交通信号機などに制限されなくて自由(フリー)に走れる道路と言う意味である」、「この片側6車線道路はロサンゼルスオリンピックの時に整備されたと聞いた。片側6車線だけでなく場所によっては10何車線もあるよ」との説明が続きました。

 また、広大な国土に道路があることから苦労話も聞きました。「1回の走行距離が200km、300km位は毎日ざらにあり、500kmを超える場合もある。800kmもあったなあ。とにかくタフでないとアメリカでは運転できない」、「何十km走っても、ほぼ真っ直ぐの道路もある。しかも日本みたいにガソリンスタンドがどこにもある訳でないから、途中で給油せずに走ったらガス欠で、どこにも行けない場合がある」

 「だから、道路によっては(この先に給油所がないから)何百ガロン以下の燃料タンクの車は走行したらダメみたいな道路標識もあったよ」、「暑い日、砂漠の道路で燃料切れになったら外は40度越えているし、まわり何もないし誰も助けてくれないので、命にも影響する」などの話もありました。

 片側6車線道路でも渋滞した時に、前後左右をざっと見ただけでもトヨタ、ニッサン、三菱、ホンダ、スズキなどの名前の付いた車が多かったので、私の方から「本当に日本車が多いですね」と言いました。すると直ぐに「それねえ、日本車やヨーロッパ車が排気量や性能がいいと言うこともが当然あるが、根本原因はアフターサービスだ。アメリカ車は売ったら終わりみたいな売り方だ。その点、外国車(日本車やヨーロッパ車など)は義務付けられているパーツの補給含めてきっちり守っているから購入後も安心して乗れるからだと思う」との返事がありました。

 全ての分野で多くの商品が良く売れる理由として、一概に一つや二つの要因ではないとも思われます。ただ、今回のように「なぜ日本車が売れるか」について現地でアフターサービスなどの実態を具体的に聞きますと、「あー、それも大事な要素だなあ」と思いました。それにしても30分近く走ってもどの車両帯でもアメリカに来る前に抱いていた私の想像以上に、日本車やヨーロッパ車が多いことを実感しました。

 そうこうする内に車は、私でも聞いたことがあるような「サンタモニカ」などの案内版も見えてきました。「あのサンタモニカは以前ルート66のカリフォルニア州の出発点で約3700km先のイリノイ州のシカゴまで続く国道だったが、今は廃止された。それで元ルート66と呼んでいるなあ」などと話も出ました。

 私は「ルート66(Route 66)」と聞きますと、やはり同名のヒット曲やテレビドラマを思い出します。この曲は英語の分からない私でも、オクラホマ、ミズーリ、ニューメキシコなど聞いたことのあるような地名も出てきて、しかも繰り返し「ルートシックスティシックス」と歌われる部分が印象深い曲でした。アメリカの古き良き時代の曲の一つでしょうか。

 フリーウェイから外れ、その元ルート66も一部通りながら、さらに市内の片側2〜3車線の道路に入って行きました。さらに進むとホテル前にあるビバリー・センタービル近くの交差点から進入すると、玄関前で上下黒っぽい制服を着たホテルマンがにこやかに出迎えてくれました。
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(旅行メモ)
15時10分、ロサンゼルス国際空港、ホテルに向けて出発
        フリーウェイや元ルート66を走行
16時10分、ロサンゼルス市内、ソフィテル・ホテルへ到着

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