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聞いた言葉・第81回目、とかくに人の世は住みにくい

 
とかくに人の世は住みにくい

 この言葉は、夏目漱石の小説『草枕』の一節です。この小説<次の「 」内が引用で、( )内は送り仮名です)>には、「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と書いてあります。

 私は、『草枕』のこの文章は学生の頃にかすかに読んだような記憶があるのですが、それは忘れてしまって、それよりも大阪時代の先輩が色々あった時に、たまにこの草枕の一節を何回も話されたことを鮮明に覚えています。特に、最後の方に力を入れて大阪弁風に「とにかく、人の世はな、住みにくいんよ」と。

 それなりの年齢になっても、いつでもどこでも、いわないでいいことを言ってみたり、しないでいいことで失敗してばかりの私が大文豪である夏目先生の言葉を借りて何か人のためになるような話が出来る訳ありません。

 ただ、私は全く逆の面から、この言葉は私のような者でも励ましてもらっているのかなあと思うことがあります。それは輝かしい経歴、日本近代文学を代表する作家と呼ばれるような人でも小説に「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」と心境を吐露せずにはおられないような事柄が数多くあったのだなあと想像しました。

 また、このような偉い方でも人の付き合いで様々なことがあり「とかくに人の世は住みにくい」と言わざるを得ないなら、私のような庶民なら色々と諸問題があっても当然で、むしろないのがおかしいと逆に思うようにしています。

 私だけかどうかしりませんが、多くの方は日常できれば人の付き合いで波風立てずに、できれば平穏に誰とでも親しくしたいと思っておられると考えています。

 しかし、何かの事柄が起こっても例えば仕事場で、あるいは住んでいる地域で、お互いに話せば今までの生きてきた環境、条件や感じ方の違いから、それこそ十人十色の意見でも対応でも違ってきます。ことと場合によっては「えー、なぜ何ですか?」と言い合ったりもして気まずい場面も出てしまいます。これらのことは、年齢に関係ないようにも思います。

 その度に後になって「あの時はこう言えば良かった」とか思いながらも「あの人も日頃から言ってることとやっていることが違うじゃないか」などと様々な考えも巡ります。誰でもお互いに話しあえば何か目標や解決策も同じ方向を向いていても、そこに至る経過の中では様々あるのだなあと、いつも思います。このような時に、ふと浮かぶのが、今回のこの言葉でした。

 ただし、夏目先生は『草枕』で続けて、「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」ともおしゃっておられます。

 全て見通して「とかくに人の世は住みにくい」と書いておられるのです。色々あっても起こっても人の付き合いなのだと、言っておられるような気がします。
(記:2007年9月7日)

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