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夕陽みたいな太陽、スキポール空港到着、そしてオランダ国鉄で移動

2013年12月21日
(日本時間)と、12月21日(オランダ時間)
 先の「機内食と座席での時間つぶし」ページに既に書いています通り、KLMオランダ航空・KL0870便は、順調な飛行を続けていました。ウラル山脈より相当東北部を飛行中(まだまだ、あと7時間20分ほどの飛行時間が残っていましたが)、私は、わざと腕時計を12月21日のオランダ時間、朝09時00分(日本時間は夕方の5時)に変えました。その理由は、出来るだけ早くから現地時間に慣れておきたかったからです。(そのこともあり、一部日本時間もありますが、このページから復路便での飛行中まで、オランダ時間で書いていきます)

 ロシア上空は、国土面積からして当然、長時間フライトですが、今回の水平飛行の高度は10,363m(3400フィート)で、ウラル山脈付近までは続いたと思います。また、速度も向かい風の少ない地域では時速(対地速度)880km前後で、影響の大きい地域では810km前後のスピードでした。ウラル山脈付近までロシア上空の飛行は、ややオーバーに言えば「将棋の駒でも立ったままだなあ」と思えるくらい揺れが少なかったです。冬季なのに、この高度1万メートル強まで上昇していると、素人考えながら風の影響が少なかったのでしょうか。
(ロシア時間なら日中なのに)夕陽のように見える太陽(手前左側は左エンジンと主翼)

(同上)夕陽のように見えている(ただし、写真以上に綺麗で美しい)

 その後、ウラル山脈の西側あるいは北欧3か国近くの上空になると若干の揺れもありました。そのため、数回シートベルト着用サインも点灯したようでした。また、風の影響を避けるためか、機長アナウンスがあって、それまでよりも高度を1,200m位上げて11,582mで、その後ずっと水平飛行されていたようでした。

夕陽みたいな太陽
 この太陽の件は、時間が少し戻ります。私は、ほとんど機内では寝ていなかった関係上、左側の窓側席でカメラを構えていた方に気付きました。その時間は、私が直後に撮影したカメラのデータで日本時間の「12月21日、16:40」(オランダ時間では08時40分)です。(ただし、本来の現在地の標準時間で言えばロシア上空ですから、日本時間でも私の腕時計のオランダ時間でも間違いです)

 どうも、撮影されていたお客さんは、窓際で太陽を撮られたようでした。しばらくして、私もカメラをザックから取り出し、トイレ後方の10A席付近で「ソーリー」と言いながら窓に近づきました。機外を見ると左(ナンバー1)エンジンと、その上部の主翼後方に太陽が見えました。また、その太陽光線を受けて、雲が輝いているようにも、また薄い赤い色で染めているようにも感じました。(右側1と2番目写真参照)

 そして、数枚撮影しました。この撮影時間は、ロシア時間では夕方ではなく日中の時間と思います。それなのに既に夕陽みたいに太陽が見えました。また、この状態が自席に戻っても窓側に、しばらく写っていました。

 この飛行ルートより、さらに高緯度付近で夏季ならば、ほとんど一日中、沈まないような太陽のことを”白夜(高緯度地方で、夏、太陽が地平線近くに沈んでいるために薄明が長時間続く現象。国語辞典の大辞泉より)と言うようです。

 今回この旅行記を書くにあたって先の辞典で調べたところ、”白夜”の反対語は、”極夜(南北の極圏で、一日中太陽の昇らない状態が続く現象。南極で5月末から、北極では11月末から、それぞれ約1か月半続く)と解説してありました。つまり、この飛行ルートは、先の辞典にあるほど高緯度地域ではないので、それに少し近いような太陽だったのかなあと思いました。

 私は、これまでの旅行で、高緯度地域には行ったことはありませんが、夏季(9月初旬)にパリなどに行ったことがありました。この時、「夜時間」の8時か9時頃まで明るかったです。それで、「あー、やっぱりパリは長崎よりは、かなり高緯度地域だなあ」と改めて思ったものでした。まさか、この逆、みたいなことが、今回の飛行中に見れるとは、見慣れた太陽とはいえ自然の織りなす美しい輝きを堪能しました。

スキポール空港到着
 機体は、11時40分頃にウラル山脈最北部の北方付近を速度870km、高度11,582m、 残りの飛行距離3,666kmを飛行していました。それから、さらにしばらくしてロシア上空に別れを告げ、北欧3国付近に入ったようでした。14時10分頃にはヘルシンキ北西部で残り距離1,539kmで向かい風が強いのか、速度は820kmだったようです。

 もう、ここまで来ると、例えば長崎空港-千歳空港間が約1,500kmのようですから、今回のロングフライトからすれば「あと、もう少しで到着だあ」という雰囲気にもなってきました。また、聞き慣れていないロシアの地名ばかりよりも、このバルト海周辺になると、私でも知っているようなヘルシンキ、ストックホルム、コペンハーゲンなどの文字も液晶テレビに表示されるようになってきました。
アムステルダム国際空港(スキポール空港)の駐機場

スキポール駅の地上階(コンコース)<中央部の看板文字=Schiphol Railway Station>

 そうこうしている内に、オランダ北方付近になり15時45分、先の高度の半分位になって6,700m、速度は703kmで、徐々に高度を下げているようでした。16時過ぎた頃だったでしょうか、「もう直ぐで着陸です」みたいなアナウンスがありました。そして、16時23分にアムステルダム国際空港(スキポール空港)に到着しました。

 滑走路から誘導路、さらにスポット(駐機場)まで相当走り、暗かったので詳細分かりませんでしたが、「広い空港なんだろうなあ」と実感しました。客室内では、「やれやれ、やっと到着したか」と言う雰囲気にあふれ、手荷物や服装を整える人、直ぐにでも座席を立つような人などが見受けられました。私も忘れ物がないようにデイパックにiPad、手帳、老眼鏡などを確認しながら入れたら終わりでした。

  お世話になった背の高い客室乗務員の方に、「ありがとう」などを言いながら、機外に出ていそいそとパッセンジャー・ボーディング・ブリッジ(搭乗橋)から外が見えないかなあと思ったのですが、暗くて確認できませんでした。あとは、入国審査まで案内表示板や通路の色分けのコースなどを見ながら進みました。義兄と一緒に「あの団体さんの後についていけば間違いないだろう」と話し合い、急ぐ気持ちを抑えながら歩きました。

 すると、審査場では係官がパスポートを見て、「コンニチハ!」、「アリガトー!」と言ってスタンプを押してもらいました。私も負けないくらいの声で「サンキュー、ありがとう」と返事しました。私は、これまで様々な国の入国審査は受けましたが、日本語で「コンニチハ!」、「アリガトー!」と言われたのは初めてでした。何でも第一印象は強いもので、ただでさえ少し緊張もしている不慣れな、極東から来た旅行者に対し、このように言って下さると、やはり、その国の印象といいますか、いっぺんにオランダという国に親近感を持ちました。

 それだけ入国審査スタッフの人柄がいいのでしょうし、また日本人観光客も多いのかもしれません。義兄と後で話して、(悪乗りですが)この言葉以外にも「マイド!」、「オオキニ!」など言われたら関西の方ならば、帰国後、話が盛り上がり、さらに”オランダファン”が増えるだろうなあと思いました。いずれにしても、「やれやれ、一安心」と言う感じで手荷物を受け取りました。

オランダ国鉄で移動
 17時頃に到着ロビーに進むと、姪が二人を待ってくれていました。「出迎え、ありがとう」、「弥次喜多道中ながら、なんとか着いたね」などの軽口も出て、後は鉄道で約1時間半かかって移動するため、少しトイレタイム含めて時間調整をしました。

 このスキポール駅(Schiphol Railway station、空港にある駅名)は、適切な表現ではないかもしれませんが、まるで空港到着ロビーの真下(地下)にあるような駅でした。こんなに飛行機と鉄道の接続が近いのは、他にあるのでしょうか。夕方の時間帯だったこともあり、けっこうにぎやかな人の流れでした。

 下り用の動く歩道で、地下へ向かいました。しばらくして、その地下ホームからオランダ国鉄17時30分発の電車に乗りました。途中、ユトレヒト駅で乗り換え、20時06分、マーストリヒト駅に到着しました。車中では、私の横で久しぶりい会った親子の会話で福岡空港付近での天候不良や落雷の話を始め、今までのフライト、入国審査の時に「アリガトー!」などで話が弾んでいましたので聞いてはいました。ただ、私は、フライト中、一睡もしていなかった関係か、心身ともに安心したのか、ウトウトと寝てもいました。

 電車は、20時06分、マーストリヒト駅に到着しました。(マーストリヒト駅紹介は、後のページに書く予定)駅の外に出たのですが、予想外に寒くなくて、真冬の格好をしていた私にとって、やや拍子抜けでした。そこからは歩いても15分程度の所に姪のアパートがあるということでしたが、義兄の分も含め旅行鞄などが多いため、タクシーに乗ることしました。私達3人が乗車したタクシーは、ワゴン車でしたが、料金は普通車タイプと同じだと聞きました。

 タクシーは、夜の帳(とばり)の降りた静かな街並みを走っていました。しばしの時間でしたが、窓越しに最初のマーストリヒト市街地を見ると、大変良く整備された道路、街路樹、住宅街のようでした。また、義兄からも住宅街の特徴や造りなどについて、少し解説もありました。そうこうしている内に、姪のアパート前に到着しました。
機内や旅先で使用していたiPad Retinaディスプレイ Wi-Fiモデル 128GB(私のは左側)

日本語ホームページを閲覧する楽しみ
 義兄とともに姪のアパート(日本流に言うならば3LDKのマンション)に入りました。そして、用意してくれていた日本食含めて、夕食を美味しく食べました。また、姪が義兄と私のiPad両方ともWi-Fi設定してくれましたので、インターネット接続ができました。そして、自宅のパソコンから離れて15時間しか経っていないのに、久しぶりという感じでメール受信や各ホームページ閲覧をしてみました。

 インターネット回線があれば、全世界どこからでも当然ホームページを見れることは常識だと頭では分かっていました。ただ、外国(今回の場合、オランダ)からでも自分の作成している例えば『上野ログハス』や『福重ホームページ』を見たり、あるいはマーストリヒトの部屋にいながら日本語ニュースや動画を閲覧して思ったことがありました。それは、先のページ例は、毎日見慣れたものですが、異国の地で見ると改めて何か新鮮な感じがしたことや、その後閲覧するのが楽しみになったことです。

 しばし、3人で積もる話もしながらも、ロングフライト中、一睡もしていなかったこともあり、私は睡魔に襲われ23時頃には広いベッドの上でした。次の日(12月22日)早朝4時頃、体がまだ時差状態なのか、目を覚ましてしまいました。それから、トイレに行ったり手帳を取り出して記入事項を見ていました。

 また、寝たり起きたりしながらも、結局05時30分頃に起床することにしました。朝食時間まで時間あったので、今度は今までの手帳記入分の概要をiPadにメモ記入しました。

(掲載日:2014年1月27日)
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(旅行メモ)
2013年12月21日(オランダ時間)
11時40分、ウラル山脈最北部の北方付近を飛行中
14時10分、ヘルシンキ北西部付近を飛行中
16時23分、アムステルダム国際空港(スキポール空港)に着陸
16時50分、入国審査、手荷物引き取り
17時30分、オランダ国鉄に乗車、途中ユトレヒト駅で乗り換え
20時06分、マーストリヒト駅に到着、タクシー利用でアパートに向かう 
20時20分、アパート(マンション)に到着
20時40分、夕食
23時00分、就寝

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