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フォロ・ロマーノ、コロッセオなど
1996年8月30日その
フォロ・ロマーノ
 ホテル・ボロネーオを出て、カヴール通りを下っていると、近くに地下鉄カヴール駅の標識(メトロ)が左に見えてきました。その次の通りの遠方には、コロッセオがそびえていました。フォロ・ロマーノが見えたきて、入口探しに少し手間取りながらも結局、タカちゃんが「ここでは」と言う方向にさらに進むと、入口が見えてきました。

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 中央はクーリア(元老院)
左はサンルーカェ・サンマルティーナ教会、右はフォーカス帝の円柱
 入場切符はもっと先と思い入りかけると手で「ダメ」のポーズをとられ、よくみるとその左に入場券売り場と料金表示がありました。ここでヨーコちゃんが切符を4人分(一人18000リラ)買ってくれました。入口から左にゆるくカーブするように行くと、直ぐ遺跡が目に飛び込んできました。カメラを取り出し、下り坂を降りながら、右側のエミリカのパジリカ、セルヴェスの凱旋門など数枚撮りました。

 時差ボケと長旅の疲れた体には、夏のローマの日差しは強過ぎました。にいさんはビデオでフォロ・ロマーノの遺跡をゆっくり撮っていました。私もクーリア(元老院)や遺跡の全景を数枚撮りました。残念ながら、セルヴェスの凱旋門は工事中で建築現場で見るようなパイプが全面に組んでありました。

 茶色のクーリア(元老院)は建物の幅も広いが、高さがビル3階建てに相当する位高かったです。ここが古代ローマの政治で重要な政策決定されたのかと思いながら見ていました。中には、彫刻もあり天井は木の板のようでした。

 4人そろったのでセルヴェスの凱旋門近くで、変わるがわる写真を撮りました。次にパラティーノの丘に向かうことにしましたが、途中、休みながらゆっくりと見て行きました。左手にアントニヌスの神殿、巨大なマクセンティウスのパジリカ、右手にはヴェスパの神殿などがありました。

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 アントニュゥスの神殿
 聖なる道を登りきるとティトスの凱旋門がそびえていました。この凱旋門はティトス帝がエルサレムを占領したのを記念して建てたものでした。だから、近年になってもユダヤ人は、決してこの門をくぐらなかったと聞きました。この凱旋門の近くに泉が湧き出ていて、手だけを洗いました。

 冷たくて気持ちが良いものでした。その後、多くの人が飲みに来ていて、その中に、頃は3〜4才位で金髪の女の子がいて、思わずヨーコちゃんと「かわいいね〜」言い合いました。手だけでなく今度は飲んでみようとタイミングをみていましたが、次から次に人が来るのであきらめました。

 パラティーノの丘に登る時、草むらにこぶし大くらいの松傘があり、「これは日本のに比べて大きいよ」と言い、「スイスの国連近くの公園にも,、この位の大きいのがあったよ」と、しばし、松傘談義になりました。パラティーノの丘に到着し、近くのフォロ・ロマーノの全景が良く見え、雲っていなければローマ市内全体も見えるのでは思われました。カメラを取り出すがイマイチ調子悪く、プロ用フィルムの扱いが、まだ、慣れていないためでした。

 フォロ・ロマーノの出口を探しながら、間近に迫るコロッセオを目指して進みましたが、石畳の通りには夏物バーゲンセールかTシャツ売りの屋台までも数件出ていました。

(旅行メモ)
12:40 ホテルを出発、カヴール通りを歩いた。
13:00 フォロ・ロマーノ入場切符を買った。
13:05 フォロ・ロマーノの見学開始。
13:10 エミリカのパジリカ、セルヴェスの凱旋門、クーリア(元老院)、アントニヌスの神殿、マクセンティウスのパジリカ、ヴェスパの神殿、ティトスの凱旋門などを見た。
13:20 セルヴェスの凱旋門近くで、変わるがわる写真を撮った。
13:40 ローマの泉の水は冷たかった。
13:50 パラティーノの丘
14:10 フォロ・ロマーノの出口

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 コンスタンティヌス帝の凱旋門
コロッセオ
 コンスタンティヌスの凱旋門とコロッセオがいい位置の所に来たので写真を撮りました。互いにのどが渇いていたので、軽トラック屋台の飲み物屋で各自水やコーラを注文したが、4人で18000リラなのでなんか高く感じました。ここで、小休憩しながら、路上を色々と観察しました。

 パトロールが来たら、店をたたんだ露天商が直ぐ再開したり、黒帽黒服姿のユダヤ教らしき人が歩いたり、すごいスピードで走る車など、短時間だったが、なかなか興味深いものでした。

 小休止も済み、コロッセオへ歩きだした。コンスタンティヌスの凱旋門の横に来て、にいさんがビデオをゆっくりと上下した。コッロッセオ前には古代ローマ皇帝風の衣装や剣を持った芸人が子供達を盛んに手招きして記念写真に納まっていた。赤い馬車を引いた馬と御者が少し退屈そうな顔で客待ちしていました。

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 コロッセオの入場切符
 コッロッセオの1階へ入り、ここでも充分建物の様子は分かるが、「ここまで来た以上は上に登ろう」と言うことで、1人8000リラ出して切符を買いました。変わるがわる写真をとりながら、、また、アーチ形のテラスからさっきまでいたフォロ・ロマーノの方角を見ると、頬に気持いい風が吹いてきました。

 「やはりお金を出した分、眺めもいいね。一周しようか」と言うことになり、時計まわりと逆方向に歩きました。途中、座り込んで、ゆっくり眺めてみました。私は1986年2月にここに来ましたから、これで2回目でした。(コロッセオの詳細は、「驚異のローマ建築、コロッセオが建つかぎり」をご覧下さい)

 「コッロッセオは競技場の跡か」と思えば、その通りでそれ以上のものではないのですが、ただそれにしてもおよそ二千年前にほとんど人力や手作業で造り上げ、なおかつ長年の風雪に耐えてきた、このローマ建築技術には言葉をなくしました。

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コロッセオ(外部)
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 コロッセオ(内部)
 「石造りだから長持ちするのでは」と私でも想像はしましたが、果たして現在のコンピューターを駆使した設計図で、重機やクレーンを用いて建てた近代的なビルや競技場などが、あと二千年、三千年ともつのでしょうか。

 二千年前に何万何十万人が建設に従事し、その後何十万何百万人、この競技場で剣闘士や猛獣との闘いを観戦したのか分かりませんが、その総てをのみこんだようなこの古代建築は、今でも「人間の本来持っている力は、たいしたものなんだよ」と語りかけているようでした。

 入口の真反対側に来て、コロッセオ横の下の通りにカフェや両替所がありました。さらに進むとガラスケース越しにコロッセオの完成模型が置いてあり、「おお、これはいい」 とカメラを向けたのですが光の加減でうまくいきませんでした。「もう、いいね」と言いながら、コロッセオから出ることにしました。

 外に出て、コロッセオを半周するようにして先ほど上から見えた通りに行きました。リラが手持ち不足になり、小さな両替所で2万円替えることにしました。その直ぐ横に「カフェ・コロッセオ広場」と言う名の店があったので、この店で休憩することにしました。

 各自、コーラやビールを飲みながら、たっぷり休憩し、勘定を払おうとしたが店員がなかなか席に来てくれないので手間取りました。「小銭皿に置いておけば良かったのかな」と思いながら、外に向かいました。
(旅行メモ)
14:15 コンスタンティヌスの凱旋門
14:20 小休止
14:30 コッロッセオの見学。
15:10 「カフェ・コロッセオ広場」で飲み物休憩した。

(掲載日:2006年3月6日)

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