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記念ノートのある小樽文學館

 頭に積もる雪を払いながら港の方へしばらく歩き、それから右の方へ路地道を行くと大通りに出た。歴史的建造物に指定されている日本銀行小樽支店が見てきた。このルネッサンス洋式には録青色の小さなドームが五つ程あるのが特徴で古い2階建てだった。その前にある普通の古いビルが小樽文學館だった。

 中には小樽にゆかりのある文学者の写真、作品や年表などが展示してあった。教科書でお馴染みの石川啄木、小林多喜二などの作品は直ぐ分かった。しかし、名前は知っていても大きなスペースで展示してある伊藤整さらには石原慎太郎の作品は馴染みがなかった。戦前に活躍した作家の写真はセピア色、本は黄ばんでいた。

 出入り口に小さなホールがあり、記念の絵葉書や資料を見ながらストーブの前のソファーに腰掛けた。ここで石川啄木地図と絵葉書セットを買った。その中のひとつに

   かなしきは小樽の町よ
   歌ふことなき人人の
   声の荒さよ     (石川啄木)


と言う歌が印象に残った。 また、机の上には来客記念用のノートが置いてあり、パラパラとめくってみた。ちょっとした感想、出身の住所、学校名、堂々と恋人同志の名前など色々であった。その中で最も熱心にページ数をさいて一人ひとり書かれていることは石原慎太郎の是非論であった。

 「なぜ啄木や多喜二の文学者と三流作家の慎太郎と同じように展示してあるのか」「啄木は貧しいのにあんな豊かな詩を書いた。多喜二は戦争反対・平和の運動をした作家だったので特高警察に虐殺された。今の慎太郎は汚職だらけの自民党の政治家として国民を苦しめている。一緒にするな」と言うのが主な慎太郎展示拒否論であった。

 これに対し、「慎太郎も小樽に住んだことのある作家だ」「馬鹿やアホと感情むき出しでなく、ちゃんと作品を読んでから評価すべきだ」と言うのが主に慎太郎展示賛成論であった。どちらの方が多いのかなと思い、ゆっくり「拒否論」「賛成論」を見てみると最新のページに他の人も数えたのか、ご丁寧にも「数えたところ9:1で石原慎太郎の展示は辞めてが多いです。

 だからもう展示しないで下さい」と女性文字で書いてあった。ほとんどが10〜20代の文章と思うが、ひとつのテーマでこれだけ打ち込んで書けるのが、ある面うらやましかった。どちらの意見もそれぞれ根拠があるのかもしれない。

 一番いいのは会社内は別としても、今はどこでも誰とでも何とでも自由にものが言える社会になったことが最高と思う。言論の自由がなかったと言われている戦前にあってもここに展示されている詩人や作家をはじめ先人たちの苦労があったからこそ今日があると思った。

 それに正直言って私はボケーと見ただけなので何も感じていなかったが、このような感受性豊に見ている人たちの着眼点には感心した。 かなりゆっくりしたので体がぽかぽかと暖まった。外に出て、今度は運河の方に向かうことにした。

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