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機内とローマ到着
1996年8月30日その
”枕おじさん”
 
機内での楽しみは食事ですが、体は動かしていないのに不思議と旅行のたびに全部お腹に入ります。和食党の私は、機内ではパン食がいくら出されても気にならないのですが、その分現地についてから、ご飯や麺類を無性に食べたくなる時もあります。やはりフライト中それなりに和食を我慢しているのかなあと思ったりもします。

 退屈なのはお互い様ですが、この旅行時私の前に度々席を立つおじさんがいました。食事後トイレに行こうとしていたところ、枕を頭に付けたまま立ち、気ずかずに通路に出たところ、スチュワーデスさんに指摘され枕を離していました。これ以降、この人を「枕おじさん」と勝手に名付けました。

(旅行メモ)(このページ以下同じ)
00:05 食事
00:25 テレビ表示「速度890km、高度9,600km、外気温-48度C、あとパリまで8,290km」
03:30 テレビ表示「速度864km、高度10,700km、外気温-47度C、あと6,000km」
成田空港を出発して約5時間経過。この頃テレビにはシベリアのウラウデの表示が出ていた。
06:05 テレビ、映画「ブロークン・アロー」(ジョン・トラボルタ等出演)
07:45 眠れなくて映画「ブロークン・アロー」を全部見てしまった。
09:30 テレビ表示「速度898m、高度10,100m、外気温-42度C、あと1,070 km」

日本語で「白ワインね」
 日本語ベラベラのスチュワーデスの方が私に「寒くないですか?」と聞かれ「まあまあでしょうか」「うーうー寒い。疲れたから寒くなったのかなあ」、今度は私の方から尋ね「パリの温度はいくら位ですか?」「パリは20度位かな、長袖が要りますよ」との会話が続いた。真夏なのにパリでは、長袖も要る時もあるのかと思いました。

 ワインと言えばエールフランス航空ばかりではないのでしょうが、お国柄のイメージもあり、この航空会社のワインは毎回楽しみにしていました。私は食事の時「今度ワインは赤にしようか、白、またはロゼにしようか」と色々考えながら待っていました。英語で「ホワイトワイン」と頼むと、日本語で「白ワインね」との返事がありました。

10:00 朝食、
10:15 テレビ「フランス紹介」のビデオ
これからはパリ・ローマ時間に変更、パリ、ローマは普通は日本と8時間の時差があるが、今はサマータイムを採用しているので7時間の時差である
03:30 フランスへの入国証を書く。
03:45 アントワープ、ブルリュッセル上空通過
03:50 機長アナウンス、「パリは小雨で14度」
04:00 テレビでパリ市内の交通案内など。「時間調整のためテンポクラスも休憩施設や軽食がある」とアナウンスあった。

CDG空港(1996年のAFチラシより)
早朝のシャルル・ド・ゴール空港
 私は、エールフランスAF271便は、これで3回目でした。今回は残念ながら雲のためか、パリ上空からはあんまり地上が良く見えませんでした。

 ただ、晴れていれば毎回思うのですが、早朝なのでまだまだ暗いながらも遠くにパリの街の灯がパッパと見える、この機上からの風景はなかなか期待が持てていいなあと。言わなくてもいいのに、ついつい「翼よ、あれがパリの灯だ!」と言いたくなる瞬間でもあります。

 機体もファイナルアプローチに入る前、ゴロゴロと言う感じで、ランディング・ギアー(脚)を出して着陸態勢に入りましたが、もう直ぐで長時間フライトから開放される喜びと、ここまで何事もなかった安心感が出てきました。

 今回は乗り継ぎでローマまで行きましたが、何はさておき一回は地上に降りて自由に歩けるのが、とりあえずはいいなあと思いながら歩いて、さらにはシャトルバスにも乗りロビーに向かいました。次の出発までには2時間半もあるのに両替やコーヒーなど飲んで談笑していましたら、けっこう時間のたつのは早く感じました。

 このシャルル・ド・ゴール空港の名前などについて書きます。この名前自体は、戦前は軍人として戦後は政治家などで活躍したド・ゴール大統領からの名前です。しかし、空港は世界各国、地名などの愛称もあります。ここは別名=ロワッシー空港で、IATA(国際航空運送協会)の空港コードでは、この空港は、CDGです。CDGはフランス語の「シャルル・ド・ゴール」の略と思われ、分かりやすいスリーレターコードと私は思います。(以降の文章表記は、「別名」、「IATAコード」などは同様と致します)

04:03 ランディング・ギアー(脚)をダウンし、ファイナルアプローチへ
04:07 着陸
04:25 シャルル・ド・ゴール空港ターミナル2Cへスポットイン
04:40 ターミナル2Cでターミナル2Bへ向かうため待機する。
05:15 05時30分以降でないと動かないと言っていたシャトルバスが、突然来た。ターミナル2Bへ向かった。
05:20 ターミナル2Bへ到着。長いエスカレーターを登った。一旦、出国するのかと思ったが、そのままでローマ便を待つことになった。各自ターミナルビルの見学を行った。
06:20 両替所でとりあえず1万円をフランに変えた。
06:30 タカちゃん、ヨーコちゃんは、日本へ電話をかけた。
06:45 出発ゲートの反対側にカフェがあったのそこに行くことにした。ヨーコちゃん達が頼んでくれた。カフェ2つ、コーラ2つで合計38.60フランだった。コーラの紙コップが大きく、量も沢山だった。

アルプス越えの朝食
 エールフランスAF964便は、私の好きなフライトコースです。ローマまで約1時間45分で国際線ながら、そんなに飛行時間としては長くはありません。また、この便は天候が良ければ白い雪をいただいているアルプスを見ながら朝食が食べれると言うなかなか味わえないコースでもありました。

 今回はやや視界不良ながら左側の窓から雲界に浮かぶモンブラン、シャモニー等のスイスアルプスが見えました。しばらく目を凝らしてみると、遠くの雲の上に槍の先かミラミッドのようにも見えるマッターホルンが目に入ってきました。

 マッターホルンと言えば憧れの山で、私の場合、山には登れないのでロープウェイなどで行ける所までいってみたいし、マッターホルン山麓の村ツェルマットには、最低でも数日は泊まってみたいと、ずっと思っています。

07:00 慌ただしくカフェを出て、ゲートに向かった。手荷物検査上、機械が調子悪いのか手間取った。パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ(搭乗橋)の中央付近でパスポートの提示を求められた。
07:05 機内へ、座席は12B 機体の窓から空を見るとやっと明るくなってきた。少し、出発準備が遅れているようだ。通路側に座ったタカちゃんが「操縦席が良く見える」と。
07:28 AF964便、プッシュ・バック開始
07:30 機内や非常時の案内
07:40 機長アナウンス「所要時間はローマまで1時間45分」など。
07:50 機体は雲の上へ上昇、まぶしくなった。フランスの雲界は大きくて明るい。
08:20 朝食、卵料理
08:30 機内アナウンスで「モントブロンコ、シャモニ」など聞こえた。
08:50 「ジェノバ、トリノ」等のアナウンスあった。完全にイタリア領空に入ったみたいだった。

レオナルド・ダ・ヴィンチ空港
 私は、このレオナルド・ダ・ヴィンチ空港(別名:フィウミチーノ空港、IATAコード:FCO)は、2回目でしたが、パリに比べ、なんか農地や緑の多い所をかすめながら着陸態勢に入っていくなあと感じていました。

 イタリアに入国したら、私だけかもしれませんが、まずリラの単位が円に対して大きくて、ちょっと面食らって急に金持ちになったような錯覚やら感覚が鈍ってきます。今回は鉄道でローマ市内まで行こうと言うことで、空港駅の長いエスカレータが故障していたり、自動券売機で調子よくいかず、結局は人のいるカウンターで買ったりと色々ありました。

 切符は何とか購入できましたが、その間に少し遅れていたテルミニ駅直行電車がホームから出て行ってしまいました。その後、、直接テルミニ駅へ行くノンストップ便か、地下鉄でティブルティーナ経由テルミニ駅へ行く便でいくか、話し合いました。結局、待ってもノンストップ便で行くことに決めました。

 この結論は案外正解だったかもしれず、後日地下鉄にも乗りましたが、やはり大きな荷物を持って登り下りは大変だったかもしれないからです。

09:15 禁煙のサインライトが点灯し、ファイナルアプローチへ
09:22 レオナルド・ダ・ヴィンチ空港へ着陸
09:25 日本語テープ案内があり「何か場違いな感じだな」「日本人がそれだけ多いと言うことか」等の話をした。
09:30 スポットイン
09:35 パッセンジャー・ボーディング・ブリッジ(搭乗橋)が装着。
09:45 ターミナルビルをしばらく歩くと到着ロビーへ出た。手荷物が出て来るのを待った。
09:50 タカちゃんと一緒に両替に行き、とりあえず5万円をリラに変えた。
10:05 イタリア国鉄の空港駅へ向かうが途中、長い上りエスカレーターが故障で動いていなかった。
10:05 切符を買おうとヨーコちゃんと自動販売機で何度もトライするが、ダメだった。近くにいた人が身振り手ぶりで「そこはダメ、あそこの切符売り場に行って買いなさい」と教えてくれた。
10:10 タカちゃん、ヨーコちゃんが一人13000リラの切符を買って来てくれた。
10:15 時間待ちのため、二人にジュースや缶ビール等13000リラ買ってきてもらう。
11:08 定刻に空港駅を電車が出発。

ホテル・ボロネーオ
カブール通りのホテル到着
 テルミニ駅に向かう直行電車は、見た感じけっこうスピードも出ていて、のどかな農村風景をしばらく見ていると、ティヴェレ川を越え、古い城壁などが見えてきて、ローマ市街に入って来たことを実感しました。

 電車からホームにサムソナイトを降ろすのは閉口するが、タカちゃんが降ろしてくれた。少し出口を探しながら出た。メインのコンコースは横幅が長く感じました。このテルミニ駅はローマの終着駅でもあり、私は見ていませんが同名の映画もあるようです。

 駅から広場方向に向かう時に物売りか、タクシーの客待ちか、よく声をかけられましたが無視して、交差点へ行きました。ここでホテルの方角確認のため地図を出し、確認しながら歩き出しました。ローマの信号機は小さいが、目線位に青信号の色とともに「AVANTI(アヴァンチ)」(進め)の表示が出て日本と同じように進むことになります。でも、こちらの人達は、赤青の色に関係なく車の流れを見て渡っていました。

  「ホテルは、まだかな?」と思う位歩いた所の左側にサンタ・マリア・マジョーレ教会が見えてきました。この教会前を通る坂道のカブール通りは、石畳の道路で後日何回も観光地の行き帰りにかようことになりました。「ホテルは、もう直ぐだろう」と言いながら、さらに行くと突き出たひさしが見えてきました。

  ひさしに書いてあるホテル名が歩道側から見えにくかったので、タカちゃんが車道側から見てくれて「ここです」との返事でした。「やれやれ、やっと着いた」との思いでドアを開けると左手にフロント、真正面にエレベーターの見える小さなフロアーがありました。。ヨーコちゃんが英語で予約の確認をしてくれた。

  私とにいさんは207号室、タカちゃん、ヨーコちゃんは206号室で互いに電子ロック式のカードを持ちながら、小さくて狭いエレベターに乗りました。行き先ボタンには、0、1、2階と表示してあり「2階は日本では3階だよ。日本はゼロの数字が昔知らなかったが、ヨーロッパは以前からゼロ数字があったからね」」と言いながら、2階を押してもらいました。

 部屋の鍵の前で何回も電子ロック式のカードで入れたり、出したりするが、なかなか開かず、結局、タカちゃんが開けてくれてたので中に入れました。「 あーア」と言いながら、次は荷解きを始めました。部屋は、なかなかシックな作りでした。

 しばし休んで、貴重品、カメラ、帽子等をディーバッグに詰め変えました。しばらくするとタカちゃん、ヨーコちゃんの準備も完了し、部屋に来てくれました。これからは、時差調整を兼ねたローマ市内観光でした。

11:15 広々とした農村風景が、電車の車窓に広がった。
11:30 ローマ市街地に入って来た。ティヴェレ川を越え、古い城壁などが見えた。
11:40 テルミニ駅に到着。
11:45 駅からホテルまで歩くため駅舎を出た。
11:50 カブール通りに入り、石畳も歩いた。
11:55 通りの左側にサンタ・マリア・マジョーレ教会が見えた。
12:10 ホテル名が入ったひさしが見えてきて、玄関を確認して入った。
12:20 フロントでチェックインの手続きをし、206号室と207号室だった。
12:25  電子ロックキーに苦労しながらも部屋に入り荷解きをし、しばしくつろいだ。

(掲載日:2006年2月25日)

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