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高木さんのイタリア遊学記
知人のフィレンツェ訪問(2)
 ウッフィツィ美術館では世紀を代表する有名な絵画に接し、感動の連続だった。そして、青く澄み渡った屋上のカフェテラスではそれぞれカプチーノやエスプレッソ(イタリアのコーヒー)を飲みながら、ゆっくり休憩。まさに何もかも忘れ優雅なひとときだった。

バルジェッロ国立博物館
 美術館を出るとすぐに100mも行かない所にバルジェッロ国立博物館が見えてきた。この日はイタリアの文化週間にあたり、国立美術館や博物館が入館無料となっている。だから、このバルジェッロ博物館も出入りが自由だ。本当にうれしくなる。早速、全員で入館する。

日曜朝のマラソン大会(ドォーモ前)
 建物は1255年に建設されており、中庭の広場から屋外階段につづくアーケード式の回廊は中世当時のたたずまいが感じられ、どことなく落ち着いた雰囲気がある。また、風化した色合いが美しい石造りの外壁には、これまでの長いフィレンツェの歴史が刻みこまれているようだ。

 1階の展示室にはルネサンス期の彫刻が数多く陳列されている。みんな忙しそうに見学している。無理もない。私の手帳にはこれから案内する名所旧跡がぎっしりと書き込まれていた。もう少し、ゆっくりする時間が取れればいいのだが出来ない。本当に申し訳なかった。その後、後ろ髪をひかれる思いでバルジェッロ国立博物館を出て、次のアカデミア美術館へ向かった。

アカデミア美術館
 ここはウッフィツィ美術館に次いで人気があり、いつも大勢の観光客で混雑していた。私達は予約していたので並ぶことなく入館できたが、とてもゆっくり見学出来る雰囲気ではなかった。展示室の奥には6m(台座共)はあろうかと思われるダヴィデ像が見えてきた。1501〜1504年にわたり制作。ミケランジェロ40歳の時の作品で、今から500年前に彫刻されている。世界の最高傑作のひとつで、フィレンツェの「正義の象徴」といわれている。シニョリーア広場やミケランジェロ広場のダヴィデ像はここアカデミア美術館のコピーになる。

 私達はダヴィデ像のあまりの大きさに圧倒され、ただ驚くばかりで、しばらくは言葉にならず、正面からじっと見つめるだけだった。まもなく、うしろに回り、円形の壁に設置されている長いベンチに深江さんと私は並んで腰掛け、今度はダヴィデ像を後ろからじっくり眺めた。彼も「う〜ん」と感動している様子だ。

 ダイナミックな均整のとれた彫像、力強い筋肉や血管の盛り上がり、全身に躍動感がみなぎっている。展示室には次から次と観光客がやって来て、入れ替わりが激しい。有名な美術館だけあって超人気のようだ。

 私と深江さんはそれでも15分ぐらいは黙って座っていただろうか? 芸術のわかる2人の日本人が熱心に見ている。(実際はただ疲れて、休んでいる状態)余りにも長くダヴィデ像を見上げていたので、さすがに首が痛くなってきた。私より年上の深江さんは何ともないのだろうかと少し余計な心配をする。朝から絵画や彫刻へと、世界の有名な美術館を見学することが出来、充分に堪能した私達は満足しながらアカデミア美術館を出た。

サン・マルコ美術館
 昼食の時間もとっくに過ぎているのに、今度はすぐ近くのサン・マルコ美術館までついでに足を延ばすことにした。ここも国立なので無料だ。入館しない手はない。エントランスの前にはサン・マルコ広場があり、乗り換えのバス停がある。周辺はバスの乗客でいつも混雑しているが、サンマルコ美術館に入る観光客はそれほど多くない。

 入館するとすぐにゴシック様式のアーチ状の天井とギリシャ様式の柱で構成された回廊がつづく。中庭は広く、色鮮やかなフレスコ画の壁がいたる所に見られ、当時の精細で華麗な絵画の世界が広がっている。しかし、現在は大半が修復にかかっており、作業の足場があちこちに設置されていた。

 1階には「最後の晩餐」のフレスコ画がある。有名なレオナルドダビンチの作品ではない。フィレンツェには他にもあと3ヵ所、同名のフレスコ画が存在し、アルノ川近くのサン・サルヴィ修道院のそれはすばらしいと地元の評判が高い。

カシネー公園
サン・サルヴィ修道院
 この修道院の「最後の晩餐」のフレスコ画はキリストが若く描かれており、また、弟子達のひとりひとりの表情がよく出ている。繊細なタッチで色彩が鮮やかだ。夏の暑い日、友達に連れて行ってもらい最初に目にしたあの時の感動は今でもはっきり覚えている。サンマルコ広場から6番のバスで10分もあれば行ける距離だが、午前中しか開いていない。また、そんなに有名でもないので観光客はほとんどいない。

 そして、このサン・サルヴィ修道院には伝説がある。中世の時代、カール5世がフィレンツェを包囲した際、利用されるのを恐れたフィレンツェ政府はこの修道院を破壊すべく兵士を派遣する。大半を壊した兵士達は広い食堂に来て驚いた。そして、全員が立ち止まり沈黙した。

 目の前にはこの「最後の晩餐」のフレスコ画があったのだ。そのあまりの美しさに兵士達は感動し、彼らはそれ以上、破壊を進めようとはしなかった。深江ファミリー、特に感性豊かなお嬢さんにはぜひ、この修道院まで案内し、見てもらいたかったが、とうとう最後まで時間がとれなかった。今でも本当に残念に思っている。

サンマルコ美術館
 サンマルコ美術館の階段を2階へ上がった正面の壁にフレスコ画が見えてきた。だんだんと目の前に大きく迫ってきた。これが有名な「受胎告知」だ。しかし、これもレオナルドダビンチの作品ではない。壁一面に描かれている「天使」と「聖母マリア」の顔はなんとも女性らしく、優しさに溢れている。天使の羽は見る角度によっては金色に輝き、絵画全体に格調の高さが溢れている。「なんてきれいのだろう!」実物を目にして、この美しさがわかったような気がした。

カシネー公園
 フィレンツェ駅から17Cのバスで深江さんと2人でカシネー公園に行くことにした。15分もあれば行ける。この公園はアルノ川沿いにあり、市内で一番大きくて、びっくりするほど広い。さらに、1キロはあろうかと思われるほど長くつづいている。

 昔はメディチ家の狩猟地として、近年は乳牛の放牧地として使われていた。大きな木々も多く、奥の方はたくさんの雑木で埋まり、森にきたような錯覚をうける。それほど自然のままの環境が保全されている。夏には一帯が緑一色となり、秋には紅葉が美しい。そして、冬には枯葉を踏む音が心地良い。この長くつづく大木の並木道を散策するだけで心身が癒され、すがすがしい気持ちになる。

ダンスパーティー(カシネー公園)
 目の前を流れる母なるアルノ川が一段と自然を育み、すべての生き物にすばらしい環境を与えてくれている。水鳥もあちこちで泳いでいる。河川改修していないので水辺のまわりは自然のままだ。フィレンツェで生活した人は必ずこの公園を訪れ、心身共に健康を取り戻しているはずである。四季にわたり、多くの市民に愛されている。それほど絶対になくてはならない憩いの場所なのだ。

 バスを降りて、辺りを見回すと大勢の人達が緑の中で遊んでいたり、くつろいだりしている。今日は天気も良いし、日曜日なので特に多いようだ。移動遊園地、朝市、サイクリング、サッカー、ジョギング、散歩、昼寝、読書、おしゃべり、ピクニック等々、みんないい顔している。

ダンス
 広場の中ほどに人垣が見え、何やら踊っているようだ。60〜70年代の懐かしい音楽も流れている。早速、行ってみると会場が設置されており、老夫婦によるダンスパーティーが盛大に開催されていた。みんな軽やかなメロディーに合わせながら、楽しそうに踊っている。まわりの観客も一緒に口ずさみながら、楽しそうにリズムをとっている。

 往年の紳士、淑女の凛とした容姿はさすがに品があり、今が「我が青春」と謳歌しているようだ。若い頃は戦争一色でダンスどころではなかったに違いない。平和で自由な瞬間を全身で楽しんでいる姿は本当に微笑ましい。その顔には満面の笑みで溢れている。踊りが終わるたびに、私達ふたりは笑顔で手が痛くなるほどの拍手とエールを心から送った。

競馬場
サラブレッドと騎手
競馬場
 この日は幸運にも競馬があっていた。大勢のフェレンツェ市民がスタンドを埋め、場内が賑やかだ。家族連れも多い。入場は無料で、誰でも出入りが自由だ。月に1回しか開催されないので、深江さんの訪問は本当にグットタイミングだった。

 疾走前のサラブレッドが騎手にひかれ、観客が見ている中庭の周囲をゆっくりとまわっている。どの馬も手入れが行き届いて、いい艶に光り輝いている。躍動感に溢れ、本当に美しい。ふだんではなかなか遭遇することが出来ないこの光景に私達は充分満足し、しばらくじっと見物していた。

 レースが始まった。急いでスタンドに向かう。もちろん2人とも馬券は買っていないので特定の応援する馬などいない。そして、何もわからないのだから仕方がない。場内の向こうから10頭ぐらいだろうか? だんだんと競走馬の一団が大きくなって見えてきた。馬場を駆けてくる音がだんだんとこちらに迫ってきた。

 すごい迫力だ。テレビで見るのとは全然違う。疾走するサラブレット群を目の前で実際に見るのは何回目だろう。本当に「ワクワク」「ドキドキ」する。あっという間にサラブレット群は遠ざかっていった。観客も興奮しているのか、それぞれに大きな声で叫んでいる。私は彼らが何を言っているのか全然わからなかった。こういう場面に遭遇した時、すぐにイタリア語が理解できれば本当におもしろく、ますますイタリア生活が楽しくなるのだが。

ミニ電気自動車
 予期せぬ競馬見物を堪能した私達2人はフィレンツェ駅に戻り、今度は4人全員でミニ路線バス(電気自動車8人乗り、料金1ユーロ)乗ることにした。フィレンツェ駅発のCコースだ。このバスはA、B、C、Dと4コースに分かれており、すべてチェントロ(中心街)の観光コースを走っている。観光客にも人気があり、よく利用されている。

 しかし、なぜか、どのバスも結構汚れきっている。イタリア人は気には全然ならないらしいが、日本人の私は外観の汚れがすぐに目に入る。せめて、窓ガラスだけでも透明性を上げてくればいいのになあと思う。

 思い起こせば日本からローマ空港へ到着した日、テルミニ駅へ向かう直通電車の汚れていたこと。日本では考えられない。車内の照明は暗く、窓ガラスは何ヶ月も拭いてないような様子。知人から少しは聞いていたので特別に驚かなかったが、清潔感溢れる日本から比べれば天と地ほどの違いだ。

 これから乗車するこのCコースはフィレンツェの象徴「ドーモ」、「共和国広場」、「シニョリーア広場」、「ウッフィツィ美術館」と有名な観光地を通り抜けて行く。当然、かなりの人混みの中を走ることになる。途中、シニョリーア広場辺りでは道も狭くなってくるので、路上駐車の間をすり抜けたり、狭い直角の路地を曲がったりと、冷静なハンドル裁きが要求される。

 一般に欧州の車は日本車と比べて回転半径が小さく、ハンドルがよく切れるのは有名だ。Uターンする時など日本車は1回では回れず、2回とハンドルを切り直すが、欧州車はほとんど1回で切れるのでとても運転しやすいとよく聞く。

 深江さんはこの電気自動車のバスに乗った時、すぐに「これは電気自動車かなあ?」と感じたようだ。さすがだ。かなりオンボロ車に見えるし、クッションは悪いし、なかなか一般のディーゼル車やガソリン車と見分けがつかないはずだ。それを乗ったとたん、電気自動車とわかった深江さんの鋭さに私は感心してしまった。

 フィレンツェの中心街は、世界遺産の歴史地区に登録されているほど中世そのままの建物群が数多く残っている。当時、馬車が往来していた石畳も現在はバスが走っている。だから結構、バスの振動も大きいし、乗り心地もいいとは言えない。

 しかし、若い2人はそのことを気にすることもなく、車の窓から通り過ぎて行く夕方のフィレンツェを珍しそうに眺めていた。若いころのいろいろな見聞は本当に貴重だと思う。世界の様々なことを体験し、どんどん成長してもらいたい。2人を見ているとそう思わずにはいられなかった。

ミケランジェロ広場
 夕陽が沈むころ、4人でアルノ川の対岸に見えるミケランジェロ広場へと向かった。フィレンツェ駅始発の12番のバスに乗ると30分もあれば到着する。反対回りの13番も同じく駅からの始発で併行して走っている。いずれも終日、一周しているので非常に観光客にはわかりやすい。

ミケランジェロ広場からの夜景
 この広場は小高い丘にあり、観光客の100%が訪れる有名な場所だ。イタリアを紹介する観光パンフレットには必ずと言っていいほど、ここからの眺望が掲載されている。それほど目の前にはすばらしい風景が広がる。

 深江ファミリーは、少し薄暗くなりかけたフィレンツェの街並みを感慨深そうに見入っている。どこかの国の景色と重ね合わせているのだろうか?ときおり、ドォーモの尖塔やシニョリーア広場のヴェッキオ宮の高い塔が夕陽に照らされ「キラキラ」と反射している。

夜景
 やがて、夕陽が沈むとアルノ川沿いにも明かりが増し、水面が柔らかい、だいだい色の光を映し出してきた。いちだんと夜景が鮮やかになってくる。この広場からこんな風に夜景を見たことはなかったので久しぶりに新鮮な胸の高まりを感じた。

 そして同時に、異国の地でこうやって深江ファミリーと一緒にいることが本当に不思議だった。この場面をだれが想像出来ただろうか?人の将来は本当にわからないものだ。また、人との出会いによっても人は大きく変わってくる。そのことを考える時、人生はつくづくおもしろいものだと思う。

掲載日:2007年6月13日

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