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聞いた言葉・第197回目、明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられる

 

明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられる

 今回の言葉は、イタリアの哲学者・歴史家のクローチェの言葉からです。ただし、日本で有名にされたのは明治大学の学長もされた岡野加穂留氏の同名の著作(出版社:東信堂、出版:2004年)でしょう。ただし、岡野氏は、この言葉について、先の本出版前から新聞や雑誌に発表された可能性もあるようです。

クローチェ(Benedetto Croce)=(1866〜1952)イタリアの哲学者・歴史家。マルクスの批判的検討を通してヘーゲル主義に至る。政治的にはファシズムに反対して自由主義の立場をとった。著「歴史叙述の理論と歴史」「一九世紀ヨーロッパ史」など。(大辞泉より)

岡野加穂留(おかのかおる)=(1929〜2006) 昭和後期-平成時代の政治学者。昭和4年6月22日生まれ。43年母校明大の教授となり,平成4年学長。ヨーロッパ,東南アジア各国の議会,政党,選挙などを比較研究し,現代日本の政治を分析した。平成18年6月7日死去。76歳。東京出身。著作に「多党制政治論」「政治風土論」「日本国にもの申す」など。(日本人名大辞典より)

 上記の著作の出版年を見ますと、2004年になっています。実は、私がこの言葉を知ったのは、もっと早く1998年4月、何かの新聞か雑誌を見た人から聞いた覚えがあります。このように人づてに聞いたので、残念ながら、その新聞や雑誌名は記憶にありません。ただし、この前年は失業中だったためか時間があるので、けっこう色々とメモしていました。そのため、今回の言葉は覚えがあるということです。さらに言えば、明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられるは、なんか五七調に近い、調子の良い言葉だったことも手伝い、記憶に残ったのかもしれません。

 この言葉通り、確かに人は「明日の天気は変えられない」と思います。このようなことが可能ならば、例えば、毎回のように各地に被害をもたらす台風の進路は、即刻変更になれば、どんなに助かるでしょうか。また、子どもたちが毎年楽しみにしている運動会や遠足の日くらいは、雨予報を晴天に変えられたら全員で拍手喝采になるかもしれません。しかし、それは地球の大きさや自然の偉大さからして、今後も不可能なことでしょう。

 しかし、政治は良い意味でも違う意味でも、人そのものがつくっているものです。私は別テーマで聞いた言葉シリーズ第9回目に『地球には国境がありません』を掲載中です。確かに国境線を巡る諸問題は、世界各国で過去も現在も戦争まで発展し、幾多の犠牲があったことも歴史の通りです。しかし、先のリンクページにも書いていますが、元々、地球誕生以来、近世になるまで地球には国境線などありませんでした。

 つまり、国境線は自然が引いたのではなく、人が作ったものです。今は、国境線を巡る諸問題が、どこの国も激化していますから、それを無くすことなど、夢物語かもしれません。ただし、いずれ世界中の国々が平和になり、政治も経済なども各国一体化した方が良いという合意形成がはかられるならば、表面上の国境線は存在しても実態上は無くなるでしょう。(EUは、それを目指していると思われます)

 このように各国間の大きな問題である国境線でさえも、短期間では当然無理ながら何十年・何百年後との長期展望に立つならば、もしかしたら名目上の国境線は残っても、実用面では例えば狭い地域限定とか、二国間ではなくなることも可能ではないでしょうか。

 それに比べ一国の内政事項などは、予算上の制約や制度上の経過などの条件はありますが、根本から変えようと思えば国境線問題より、変えるのは容易ではないでしょうか。日本という国は、主権も選挙権も国民にあります。その原理原則に立つならば、政治は本来、国民のためにおこなうべきです。しかし、その実態は長年言われている「外交はアメリカの言いなり、内政は大企業のいいなり」という言葉が端的に示している通りです。

 先のような政治が長く続いたため、日本は世界第3位の経済大国なのに、失業者の増大、中小企業の倒産、「年金不安」、「医療制度の不安」、「過労死」、「格差社会」、「不安定雇用者の増大」、、「年間自殺者3万人」とかの言葉で象徴されている状況が続いています。これらの表現は、その年によって違ってはいるのかもしれませんが、中身内容は昔から変わっていないようです。

 先の日本の状況と対比して経済力の劣っているヨーロッパ諸国は、例えば医療・教育費用は原則無料、労働時間も短く週2日制は当然、国によっては夏休み約一ヶ月、冬休みも数週間の長期休暇、さらに定年後の年金生活も8割位は満足できる生活水準にあるようです。

 また、私は、聞いた言葉シリーズ第30回目『瑞穂の国』ページに穀物自給率のことを書いています。このページを見ますと1961年は日本より悪かったイギリスの場合、サッチャー政権の農政の変更により、たちどころに良くなり、逆に農産物を輸出するまでになっているようです。穀物自給率だけに限定して考えればイギリスの場合、今回の言葉と同じく明日の政治は変えられるになっているのです。

 これらのことは、日本では一見、不可能なことと思っておられる方も多いようです。しかし、同じ資本主義国で同じサミット参加国であって、フランス、イギリス、ドイツに出来て、なぜ日本でできないというのでしょうか。そのことが、かえって可笑しいことだと言えます。つまり、同じ資本主義の枠内であっても、ヨーロッパ諸国のような政治が出来るか、できないかの問題だということです。そうは言っても小選挙区制の悪さ(3割程度の得票で8割近くの議席を占める)からして民意の反映しない、国民本位の政治ができていない状況は分かってはいても、その選挙制度をつくったのも、また人ではないでしょうか。

私の関係ホームページ
 地球には国境がありません
 瑞穂の国
 経済=経国済民
 経済の語源に逆行する政策は破綻への道
 「日本型経営」が危ない
 資本主義の暴走、資本主義の暴力
 大洪水よ我が亡きあとに来たれ
 日本売り
 資本主義の暴走、資本主義の暴力
 カジノ経済、ギャンブル経済の宿命
 真実を自分で探す時代
 国家管理の資本主義
 全ての人をいつまでもだまし続けることは出来ない
 政権交代の期待と裏切り
 カレーライスとライスカレーの違い

 あと、政治と金の問題でも企業団体献金を廃止するものと思わせて政党助成金制度まで作りました。しかし、結果として企業団体献金も残して、“二重取り“とも言われています。そして、毎年、政治と金の問題が繰り返され、元々は国民が納めた税金さえも政党や政治家によっては、遊興費や不適切な支出まで使っていることが報道され、唖然とするばかりです。これらも、欧米の政治や政治家と違うところではないでしょうか。

 政治(家)を評価する時に、「小さなことがキチンと出来なくて、大きなことがまともに出来る訳ない」なととも言われます。決して、政党助成金や企業献金は小さなことではありませんが、このような金銭面さえ、まともに出来ない政党や政治家が、はたして天下国家や一億数千万人の国民のことを、常に考えながらやっているとは到底思えません。

 私は、このページで同じ表現ながら繰り返していることが三つあります。集約しますと、その一つ目が、「政治は全て人がつくっていること」、二つ目は「日本だけ見たら不可能とも思えることでも既にヨーロッパ諸国では実施済みであること」、三つ目は「他国で出来ていることが、なぜ日本で出来ないか」などです。

 さらに、これらを突き詰めて考えれば、今回の言葉、人は明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられるの展望につながっていくと思われます。


(記:2015年8月3日)

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