聞いた言葉・第1回目、『山のあなた』
山のあなた 山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいう。 ああ、われ人ととめゆきて、涙さしぐみかえりきぬ。 山のあなたになお遠く幸い住むとひとの言う。 (カール・ブッセ作、上田敏訳) この詩を日本で超有名にしたのは、落語の名調子「山のあなあなあな・・」だろうと思います。詩の全文は、学校で習ったような気もしますが、鮮明に覚えていませんでした。50歳近くもなったある日、偶然にもこの詩を久しぶりに目にする機会がありました。 この詩の意味も今まで知らず、ただ漠然と「現在悪いことあっても、山を越えれば将来いいこともあるさ」と言う内容だろうと思っていました。ところが、何回も読んでいると、段々分かってきました。この詩は、短いながらも、なかなか、含蓄のある言葉と思えました。 私だけでなく、多分に多くの方々も、学生時代など(社会人になっても)若い時に、勉強・仕事その他のことで面白くなく、遠い所や違う世界が、なんとなくいいように思えて、一種の憧れを持たれたと思います。思い切って仕事や住むところを変わられ、中には、外国に飛び出して職業に就かれた方もいっらしゃると思います。 私自身も学生時代、勉強嫌いでしたし、初めて就職した空港の仕事が自分の想像していたイメージとかなり違っていたので最初の頃、ぼんやりと「ほかにないかなあ? どこか自分に合う所ないかな」と思っていました。 私がそう言うと同期の者や先輩から、「会社は、全国どこも似たようなもんだ」と言う当時おおざっぱな(今思えば的確な)意見も、何回となく聞きました。 その後、段々と仕事も慣れ、友達も増え、趣味や違う目標もあり、会社や社会の仕組みも日々勉強する機会も恵まれましたので、25年間の長きに渡りこの会社には、勤続することになりました。このようなことができましたのは、まわりの多くの方々の支え、時には叱咤激励もあったからこそと心底そう思いますし、自分一人では、とてもできないことだったとも感じています。 人間たった一人、ただ生きていくだけでも、大変な事業で、しかも何と多くの方の支えで成り立っているのか、若い時代にはこのようなことは、思わなかったことです。 この詩は、「山のかなたの遠い所に幸福を求めて行ってみても、結局涙ながらに帰ってくる」と言う意味だろうと思います。また、人間は一人で生きていけない以上、たとえどこかに行ったとしても、そこでまわりの方々と励まし合い、助け合っていけば、幸福の道が開けると言っているようにも思えます。幸福は、案外と近くにあるのではと、問いかけているのだと思います。 家族でも、仕事場、地域でも、人が住む以上、大小の問題があっても当然ですし、それを解決したら、喜びもあると思います。山の仙人のような生活は、逆に面白くないのかもしれません。 あと、この詩は、原文のカールプッセのドイツ語を明治時代の上田敏が訳したと記述されています。私は、勉強不足でこのお二人は良く知りません。でも、「何回も声出して読みやすいのが、いい詩だ」という単純な発想ながら、この詩は、名作・名訳ではないでしょうか。私にもあった若い日を思い出す詩です。(記:2001年9月7日) |