TOP INDEX BACK NEXT

聞いた言葉・第151回目、一芸に秀でたる者は多芸に通じる

一芸(いちげい )に秀でたる(ひいでたる )者は多芸(たげい )に通じる

  この言葉は、私の高校時代に英語の先生が、レオナルド・ダ・ビンチの例を出して話しされたのが最初だったと思います。そのあらましは、覚えている範囲内で次の通りでした。 先生いわく「ダ・ヴィンチは”万能の天才”とか”美の巨匠”とか言われている」、「これからは冗談だが、ある時ダ・ヴィンチの評判を聞きつけた者が、『いくら天才でも 喧嘩(けんか)は強くないだろう』と言って殴りかかったそうだ。ところがダ・ヴィンチは腕っぷしも強くて、そのケンカに勝ってしまってケンカも達人だったとの話もある」 と。

レオナルド・ダ・ビンチ作
モナリザ
(絵葉書より)

 なぜ、先生が、しかも英語の時間に話されたのか、このケンカ話しの前後は全く覚えていません。肝心要の今回の一芸に秀でたる者は多芸に通じるの解釈もされたと思うのですが、その記憶もありません。ただ、そのような私で、しかも45年ほど前のことながら いまだに上記の冗談話を覚えていたのは、その時クラス中で笑ったからだと思います。ここで念のため、ダ・ヴィンチについて国語辞典の大辞泉で調べると、次の<>内が書いてありました。

レオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Vinci)=(1452〜1519)イタリアの芸術家・科学者。ルネサンス期の芸術・自然科学の万能的な先覚者で、 解剖学・土木工学など広い分野にわたる膨大な数の手稿・スケッチ・素描があり、特に絵画・建築・彫刻においてすぐれた作品を多数残した。 絵画に「モナ=リザ」「最後の晩餐(ばんさん)」など>

 その後、私も社会人になって何年かおきにレオナルド・ダ・ビンチは、テレビや雑誌などで話題になるたびに見てはいました。そのたびに、この人を取り上げるために「万能の天才」、「ルネサンスの巨匠」、「美の巨人」など最大級の形容詞を付けていましたが、知ればしるほど「本当にダ・ビンチは”万能の天才”だったのだなあ」との思いをしていました。

 しかし、彼でも最初から万能ではなく、テレビや雑誌などで共通して出されていたのが、とにかく研究熱心で体の仕組みを探求するために当時珍しかった人体解剖まで自らおこなったとか、植物採取やデッサンも無数におこなっていたことなども同時に取り上げていました。しかも、それは絵の関係だけでなく、自分が興味を持った幅広い分野で全て徹底して調査していたようです。

 あと、話しは変わりますが、今回の一芸に秀でたる者は多芸に通じるの言葉は、芸術分野だけでなく、例えば職人さんあるいはスポーツの世界でも共通しているのではないでしょうか。分かりやすい例として、陸上競技や野球選手が違う競技を争っても、かなりの高位のところまで行く場合も多いと聞きます。当然、専門の選手ほどではないかもしれませんが、結局のところ分野は違っても体力、バランス、力加減など、どのスポーツ分野でも共通しているところがあるので、日々の豊富な練習量は様々な競技で応用できると言うことではないでしょうか。

 また、大工さんでも家を建てる関係からか、設計図みたいな建物の絵をサラサラと描いたり、筆字も達筆だなあと思う方を身近に何人か見た覚えがあります。ほかにも陶芸、細工、各技能士などの方々も、自分の専門分野以外でも器用に色々なことをされていることを見ました。

 結局のところ、一芸に秀でたる者は多芸に通じる方々は、自分の専門の才能が当初からあったと言うのではなく、日々人知れず技術習得の練習(稽古、訓練)など本当に地道な基礎的なことを繰り返してこられたからこそではないでしょうか。だからこそ、そのやり方は、自らの専門分野以外でも応用が効く、つまり”コツが一緒”と会得(えとく)されているからだと私は思います。

私の関係ホームページ
 パリの美術館、ルーブル美術館
 パリは見なくてもルーブルは見るべし

 今回の言葉と、やや逆説みたいな「天は二物を与えず(天は一人の人間に、それほど多くの長所を与えることはしない。大辞泉より)」との言葉もない訳ではありませんが、世の中には、やはり「あの人は、何でも器用に出来るなあ」と思う方も、けっこう見てきました。そのような方々も、何か地道な努力の積み重ねの中で、様々なコツを知っておられるのかもしれません。
 

(記:2012年9月10日)
  

TOP INDEX BACK NEXT