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聞いた言葉・第206回目、人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

  今回の言葉は、喜劇王とも呼ばれたチャールズ・チャップリン(下記の国語辞典参照)の言葉からです。英語は、次の通りです。 Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot. <人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。> (注:右下画像はアマゾン販売サイトの「チャップリン大全集」DVD画像より)

 (国語辞典の大辞林より) チャップリン(Charles Chaplin)=(1889〜1977) イギリス出身の映画俳優・監督。渡米して短編喜劇映画に出演し人気者となる。パントマイムで鍛えあげた比類のない肉体表現、貧困と品位を象徴する独特の扮装によって、笑いに涙をまじえつつ人間の尊厳をうったえ続けた。作「黄金狂時代」「街の灯」「モダンタイムス」「ライムライト」など全八一作。

  チャップリンは、本当に多くの名言名句を残しておられ、それらは本、新聞、テレビ、ホームページ類で数えきれない位取り上げられています。ご参考までに、私自身も、「聞いた言葉・第194回目『人類は互いに助け合うべきだ』」を既に書いて掲載中です。

 今回の言葉は、その英訳の意味からして、様々な解釈もあるようです。特に、「クローズアップ悲劇ロングショット喜劇」という部分や全体解釈が、この言葉を表現する方によって違うようです。私は、その解釈上、「これが正しくて、あれば間違っている」などの判断能力はありません。ただし、いくつかの英語版ホームページを自動直訳で見ますと、「あー、なるほど、そんな解釈もあるのか」と思いました。

 それを、意訳で省略して書きますと、概要は次の<>内の通りと思われます。 <チャップリンは映画人だから、「カメラ撮影で、『クローズアップは接近した詳細写し』、『ロングショットは遠くからの大まか写し』ではないか」、だから「人生の見方も、両方から見たら違った形に見える」(つまり、ものの見方で悲劇にも喜劇にも見える)>みたいな解釈が書いてありました。 蛇足ながら、この解釈をさらに普通の一眼レフカメラに置き換えれば、「ズームアップ(または接写レンズ)撮影ならば悲劇。風景撮影みたいな遠景撮影ならば喜劇」となるのでしょうか。

  そして、これらを参考にして、私自身の若かりし頃の経験からの話です。当時、色々と間違い発言や行動もあり、どこかの穴に入りたいような大失敗も当然ありました。(これらは老人仲間入りしても現在進行形で続いていますが) それは、一時のこととはいえ、その時は悲劇そのものでしょう。しかし、長い月日を経ると、「あー、あんな可笑しなこともしたなあ」という喜劇にもなりました。

  そこで、今回の言葉を上野流に解釈しますとと、同じ出来事(事柄)でも、「近景大写しで見れば悲劇、遠景の大まか写しならば喜劇」、また、「一時で見れば悲劇、長期間で見れば喜劇」となるのではないでしょうか。ものの見方、あるいは時間軸の長さで振り返るならば、同じ失敗した事柄でも悲劇にも、喜劇にもなると言うことしょう。

 そして、チャップリンの今回の言葉は、ある意味、現代人を励ましておられるようにも思えます。今の時代、何かの事柄で直ぐに、白か黒か、AかBか、失敗か成功かなどと、二者択一的に問われる場合もあろうかと思えます。しかし、人は神様ではないので、全部がぜんぶ、正確かつ成功例の選択、判断や行動ばかりではないとも思われます。

私の関係ホームページ
 人類は互いに助け合うべきだ
 大局観察、小局着手
 失敗作品も大事です
 反対意見にも真理あり
 間違いから学ぶことだ

 だからこそ、チャップリンは、「ものの見方の違いや、時間軸の長さで考え直してみたら成功かもしれないよ」と言っておられるのではと、私は勝手に解釈もしています。調べてみますとチャップリン一番最初の映画は既に100年以上、私でも知っている例えば「モダン・タイムス(1936年)」、「独裁者(1940年)」、「ライムライト(1952年)」からでも、既に相当の年月が経っています。

 それでもなお、誰も作れないような独創的な映画内容や名言名句の言葉は、現代においても色あせることなく、むしろ新鮮な響きさえあります。それは、今回の言葉のように、豆腐切ったような見方ではなく、様々な思慮深い考えがあるからこそ、万人の心にずっと響いているのだなあと思います。


(記:2017年8月14日)

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