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聞いた言葉・第173回目、『何世代もわたって親しまれるのが本当の文学・芸術』

 

何世代もわたって親しまれるのが本当の文学・芸術

 今回の言葉は、私の高校時代に国語の先生から聞きました。授業中、石川啄木(下記の国語辞典参照)と尾崎紅葉(前同)の文学を比べながら、概要、次の「」内の話をされました。(現在よりも約42年も前のことですから正確性に欠けてる点は、ご容赦願います。ただ、啄木の話は何回か同じ先生から聞きましたので、けっこう覚えてはいました)

 「尾崎紅葉は金色夜叉などが有名で、庶民には難しい文体だったが、当時の文学界などでは、この方が評価されていた」、「それに比べ石川啄木の短歌は誰でも分かりやすいものだったが、逆に当時は評価されず彼は一生苦労した」、

「しかし、今となっては誰でも知っているように啄木の詩は親しまれている」、「このように何世代もわたって親しまれるのが本当の文学・芸術と言うのだろうなあ。それは短歌や俳句だけでなく、音楽や絵なども同じと思う」

 尾崎紅葉=1867〜1903]小説家。東京の生まれ。本名、徳太郎。別号、十千万堂(とちまんどう)など。山田美妙らと硯友社を興し、我楽多文庫(がらくたぶんこ)」を発刊。泉鏡花・徳田秋声など多くの門人を世に送り出した。作「三人妻」「多情多恨」「金色夜叉」など。(国語辞典の大辞泉より)

 石川啄木=[1886〜1912]歌人・詩人。岩手の生まれ。本名、一(はじめ)。若くして「明星」に詩を発表し、与謝野鉄幹に師事。口語体3行書きの形式で生活を短歌に詠んだ。評論「時代閉塞の現状」、歌集「一握の砂」「悲しき玩具」、小説「雲は天才である」など。(国語辞典の大辞泉より)

 先の先生が参照例として出された啄木の詩といえば、私は次の「」内の短歌を思い出します。
 「 ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな 」
 「 東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる 」
 「 はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る 」

などです。当然、上記以外にも有名な詩は、沢山あります。私みたいに国語のテストのために無理やり覚えたのではなく、多くの方の記憶に残り、何かの時に、ぽっと口ずさむ詩ではないでしょうか。

 私も60歳以上になりましたので、これまでに音楽や絵なども、それなりに見聞きしました。中には大ヒットし一時期流行した事柄もあったと思います。でも、いつの間にか忘れ去られ、当時もてはやされたことさえも思い出せないことも多いのではないでしょうか。

 しかし、発表当時はびっくりするような大ヒットではなく、後で何年何十年もかけて、じわじわと時間をかけて広く多くの方々へ反響を与えた事柄もあったと思えます。啄木の詩も先の経過に似ているような気がします。彼は、国語辞典によれば1912年に亡くなっていますので、今年(2013年)で既に100年、世代的には3世代以上は経っています。しかし、21世紀に生きる現代人でも、何かしら思いがけず口にしたり、あるいは何かの機会に思い出すことがあります。

 それは、何故でしょうか。私なりに考えて、啄木自らの感性、実生活、ありのままの見たままの自然を詠んだ詩だからと思えます。100年前の社会や生活様式と対比しても、現在は大幅に変わっているはずと思いつつも、一方で人の生きていく上での喜び、悲しみ、苦労などは大きく変わったのでしょうか。さらには、仕事、親戚や地域などでの人同士の付き合いそのものも、いくらテレビ、電話やIT技術が進んでも、互いに誤解があったりなどは、そう大きく変わっていないようにも思えます。

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 そのような状況で、飾りのない、ありのままのような情景を詠んだ啄木の歌は、何故かしら現在でも、「あーそうだなあ」と思えるくらいに、すんなりと人々の心の中に入ってくるような気がします。

 「何世代もわたって親しまれるのが本当の文学・芸術」と口先では簡単に言えますが、そのことを生み出そうとされる方々は、並大抵の苦労ではないと想像しています。私には、文学や芸術関係の能力は全くありませんが、その分野でご活躍の方には、大いにご奮闘されますよう祈念しています。


(記:2013年7月15日)

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