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聞いた言葉・第98回目、『還暦、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿』

 

還暦、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿

 今回のこの言葉は日常良く聞きますし、あるいはお祝いの席に駆けつける場合もあろうかと思います。私は恥ずかしながら、この言葉を聞いても全部がぜんぶ「何歳で、なんのお祝い」と言い当てきりませんでした。そこで、国語辞典の大辞泉で調べてみると下記の通りでした。(一部漢字が変換できない文字は、ご了承願います)

・還暦(かんれき) <60年で再び生まれた年の干支(えと)にかえるところから > 数え年61歳のこと。また、その祝い。華甲。本卦還(ほんけがえ)り。
・古希(こき) <杜甫「曲江詩」の「人生七十古来稀」から>数え年70歳のこと。また、その祝い。
・喜寿 <「喜」の字の草体が「七十七」に見えるところから>数え年77歳のこと。また、その祝い。喜の字の祝い。

・傘寿 <傘(からかさ)の略字が八十と読めるところから>数え年80歳のこと。また、その祝い。
・米寿 <「米」の字を分解すると八十八となるところから>数え年88歳のこと。また、その祝い。よねの祝い。
・卒寿 <「卒」の俗字「卆」が「九」と「十」から成り立っているところから>数え年90歳のこと。また、その祝い。
・白寿 <「百」の字の一をとると「白」になるところから>数え年99歳。また、その祝い。

 まず、私は、なるほど色々とあるものだなあと思いました。日本あるいは東洋的な風習なのかもしれませんが、このように年齢を祝う、特に長寿を祝う習慣は大昔からずっと続いてきたものでしょうが、あらためて大変いいことだなあと考えました。

 私は、町内会や地域の役員もしている関係上、そのような諸活動から、あるいは日常の生活に至るまで、ご年配の方から様々なことを教えて頂いています。また、私は他にも福重郷土史同好会(目次ページのここから、ご覧下さい)の活動として地元の郷土史関係を調査する時、このような方々のご協力で大変助かっています。

 中には、詳細なことを知っておられ、まるで”人間コンピューター”か”生き字引”みたいな方々もいらっしゃいます。大村の郷土史だけに限定しても、昔から沢山ある書籍類あるいはホームページでも、文字、写真、図表類は、数えきれないほど情報量はあるのかもしれません。

 それでも、本を頼りに、さらに地元のご年配の方に「この件は、本にはこう書いてあるのですが、他に何かご存じでしょうか?」と、お聞きすると本に書かれてあることの数倍の情報が帰って来る場合もあり、さらには今まで誰にも知られていないような新情報も寄せられます。

 また、「この件は自分よりも、あの人が詳しいから連れて行くよ」と言って頂いて、さらに別角度、別情報を教えて頂いたこともありました。まあ、中には後で調べてみたら、結局はその地元伝承の間違いや、教えて頂いた方の思い違いなどもない訳ではありません。そのことを割り引いても、ご年配の方々の頭の中は「知識の宝庫」みたいに思えます。

 話は全く変わりますが、今春に入り、私は法事その他で、ご年配の方々と毎週話す機会が増えました。その中で私は今まで聞いたことがないような言葉を毎回のように耳にすることにもなりました。それは「年金問題」、「後期高齢者医療制度」に対する怒りにも似た批判です。

 「なぜ雀の涙くらいしかない年金からも引かれるのか」を代表に、中には「(病院行くのに)嫁に頭下げてまで金はもらいにくい」、「もう、お医者さんにはかかれない」、さらに激しくなると「年寄りは速く死ねと言うことか」、「今の自民党・公明党には騙された。もうだまされん」など、延々このような雑談が続くのでした。

 私は自分の持っているささやかな情報量ながら「国民皆保険の制度がある国で、こんな年齢差別しているのは日本だけ。ヨーロッパでは医療費も教育費も原則無料です」などを話しますと、さらに話題が続き、「それならば日本でも出来る。とにかく変えてもらわないと・・・」みたいなことで話は終始していました。

私の関係ホームページ
真実を自分で探す時代
経済=経国済民
今アルザスが面白い2、なぜ活気があり豊かなのか
全ての人をいつまでもだまし続けることは出来ない
日本売り

 冒頭書きました通り、長年長寿を祝う、この良き伝統のある日本で、人生の達人、知識の宝庫と言うべきご年配の方々を苦しめる今の医療や年金問題(当然国民全体の問題)は、あまりにもヒドイやり方だと思います。

 今まで大過なく過ごされてきた人生の達人たちが騙されたり生活に追い込まれて、結果本当の真実に目覚められた時の強さは、戦前には家族・親族が犠牲になられた戦争体験も持っておられるし、戦後は苦しい中で長年家族を養ってこられた苦労もあられるから私のような年代の比ではないとも思えます。

 ご年配や国民のことよりも、何はさておいてもアメリカと大企業が大事と思い、そのためならいくら国民を騙しても苦しませても構わないと思っている方々へ、それらの力は返っていくような気がします。長生きすることで肩身の狭い思いをする社会ではなく、本当に喜寿、米寿、卒寿、白寿などが祝えることこそが本来のあり方ではないでしょうか。

(記:2008年5月11日)

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